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2018.01.16
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英語がつなげてくれたグローバルな交流の輪

バラエティ番組などで活躍するタレントの関根麻里さん。
ネイティブ並みに流暢な英語で、海外著名人へのインタビューもこなします。
幼少時からインターナショナルスクールへ通い、米国のエマーソン大学へ留学。
英語を学び、異文化に触れてきた体験から、人生観や価値観がどのように変化したか、お話を伺いました。

“違い”を受け入れながら異文化を体感してきた幼少期

― 4歳から18歳まで通っていたインターナショナルスクールでは、さまざまな国から来た生徒と交流されたかと思います。どのような思い出をお持ちですか?
 インターナショナルスクールは、英語が堪能で外国人の友人が多かった母が入園を決めてくれました。私は、先生や友だちに会いたくて、毎日楽しく通っていました。
 学校では、“バディ制度”というものがあり、上級生がパートナーの下級生の面倒をみてくれるんです。ララちゃんという素敵なお姉さんに、絵本の読み聞かせをしてもらえたのがうれしくて、今でも覚えています。上級生が作ったゲームを下級生が遊んだり、ハロウィンには仮装パレードしたり、小さな学校だったので、みんな家族みたいに仲良しでしたよ。幼稚園から中学までの10年間は特に濃密で、今でも連絡を取り合う友だちが多いです。

― 学校では授業以外の時も会話は英語でされていたのでしょうか?
 そうですね。「遊ぼう」とか「トイレに行きたい」などの生活に必要な言葉やコミュニケーションから覚えていったと思います。基本的には、共通語である英語を話しましたが、日本語を話せる子だけのときは、日本語で会話することもありましたよ。夢の中でも、登場人物によって、英語と日本語を使い分けていました(笑)。

― 学校では異文化に触れる機会も多かったですか?
 はい。学校では、アフリカの歌を歌ったり、ハヌカというユダヤ教のお祭りをしたり、他国の言葉や文化についても学びました。アメリカやヨーロッパ、インド、中国、韓国など、言葉や文化、宗教も異なる国の生徒が集まっていたので、みんな違っていて当たり前。“違い”を否定せず、受け入れ過ぎもせず、それぞれが違っていると、認識することの大切さも学べたと思います。

アメリカ生活で身につけたポジティブ思考とは

― インターナショナルスクール卒業後、アメリカの大学へ留学されますが、異文化で暮らすことで苦労されたことはありますか?
 初めて経験したルームシェアは、驚きの連続でした。ルームメイトのティナは、ラテン系の明るいブラジル人。部屋の扉はドアストッパーを掛けて常に開いていて、毎日のように知らない友人が部屋に出入りして、プライベートがまったくなかったんです。いつもワイワイ賑やかなのは楽しいのですが、一人っ子だったので、ずっと誰かがいるという状態にどうも慣れなくて……。
 でも、一人でいたかったら、図書館やカフェに行けばいいんだと、考え方を変えたらすごく楽になりました。部屋はみんなで楽しむ場所と割りきれば、たくさん友だちができるきっかけにもなるし。発想さえ変えれば、楽しく生きられることに気づきましたね。

― 英語でのコミュニケーションという面では、幼少期から英語で話されていたこともあり、苦労はありませんでしたか?
 日本語とは違うコミュニケーションのあり方に戸惑うことはありました。たとえば、友人に「その服かわいいね」と褒められたとき、日本だと「いやいや、そんなことないよ」というやりとりが自然にあると思います。その感覚で英語を使うと「NO、NO……」となりますが、友人に「NOって、私の意見を否定するの?」と言われてハッとしました。謙遜のつもりが、アメリカでは否定の意味に捉えられてしまうのです。「その場合は、Thank you! でいいんじゃない?」と友人に教わって納得。「ありがとう、私も気に入っているの」と言えばポジティブに感じますよね。それから「ありがとう」という言葉が好きになって、日本語でも使うようになりました。

― ご友人関係も多様だったかと想像するのですが、いかがでしたでしょうか。
 そうですね。大学にはゲイの人も多くて最初はビックリしました。大学があったボストンは、市長がゲイを公言しているくらい、性的マイノリティに対してオープンだったんです。6人部屋の寮に住んでいたときは、ルームメイトの一人にバイセクシャルの子もいました。ゲイの友人の一人とは、一緒に買い物したり食事をしたりして、今でも連絡を取り合うような親友になれましたよ。

英語はコミュニケーションツール。恥ずかしがらずに自信を持って

― これまで英語を学び、異文化を経験してきたことは、現在の仕事や生活にどのように役立っていますか?
 英語という共通語を使えることで、いろいろな文化圏の人とコミュニケーションできるようになり、世界が広がりました。
 仕事で印象的だったのは、フランスのリュック・ベッソン監督とマレーシアの女優、ミシェル・ヨーさんにインタビューできたことです。アウン・サン・スー・チーさんの半生を描いた映画宣伝のための来日でした。母国語はそれぞれ違っても、3人の共通語である英語で直接話せたことで、より細かいニュアンスまで伝わり、お互いに深く理解できたと思います。
 異文化での経験は生き方そのものにも役立っています。文化や習慣、考え方の違う人にたくさん触れてきたことで、多様性を受け入れられるようになり、前向きにものごとをとらえられるようになったと思います。
― 指導要領の改訂があり、小学生から英語を学ぶようになっています。娘さんにも早くから英語に触れさせたいですか?
 どうしようか模索中です(笑)。最近は、1歳から通えるプレスクールもたくさんあるし、3歳までにやったほうがいいとか、いろいろな意見があって悩みます。私は4歳から始めましたが、中学から英語を始めてよかったという人もいるし、人それぞれなんですよね。家では、日本語と英語、韓国語の絵本を置いて、娘が手にとったものを読み聞かせるようにしています。
 娘も友人と英語でコミュニケーションがとれるくらいになってくれたらいいな、と思いますね。私自身、英語を学べたことで、仕事や人生において世界が広がって、両親にもすごく感謝していますから。娘が英語を学びたいと思ったときに、自分ができることは全力でサポートしていきたいです。

― 「英語が話せない」という日本人は多いと思いますが、英語を学ぶために一番大事なことは何だと思われますか?
 日本人は「話せない」と思い込んでいるだけで、本当は話せる人が多いと思います。理想が高いというか、自分に厳しいですよね。中学英語ができれば、十分「話せる」って言っていいレベル。他国だと、単語を並べているだけで「話せます」って言う人もいるんですよ(笑)。
 英語を学ぶには、やはり恥ずかしがらずに自信を持ってどんどん話してみるのが一番です。伝えたいという気持ちがあれば、相手も一生懸命聞いてくれようとしてくれますよ。コミュニケーションをとりたいという思いの方が大切です。



関根麻里PROFILE

1984年東京都出身。幼少時からインターナショナルスクールで英語に親しむ。
アメリカのエマーソン大学卒業後、タレントとしてテレビやラジオ・舞台などで活躍中。

文・橋村望 撮影・田中秀典

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